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母校(松山中学校・松山東高等学校)の沿革と校歌

愛媛県立松山中学校
愛媛県立松山東高等学校

このページでは、母校(松山中学校・松山東高等学校)の沿革と校歌をご紹介しています。
両校の校歌演奏も掲載していますので、是非お聴きください。

松山中学校・松山東高等学校 沿革

文政11年02月03日
(1828年03月18日)
藩主久松定通、明教館を設立。藩学を奨める

明治05年04月19日
松山県学校を開設
06年03月15日
英学舎と改称
08年08月20日
県に移管。英学所と改称
09年08月17日
変則中学校と改称、北予中学校と称する
10年06月
北予変則中学と改称
11年06月15日
愛媛県松山中学校と改称(創立年とする)
17年05月23日
愛媛県第一中学校と改称
20年05月23日
愛媛県第一中学校廃校
21年09月20日
(私立)伊予尋常中学校を開校
25年04月30日
(私立)伊予尋常中学校を廃校
25年05月16日
愛媛県尋常中学校開校。校友会を創立し、保恵会と称する
29年04月20日
東予(西条)、南予(宇和島)に分校開校
32年04月01日
愛媛県立松山中学校と改称。東予、南予両分校独立
41年11月13日
松山中学校生徒保護会創設
大正05年04月02日
持田町現在地に新校舎竣工、二番町より移転
昭和06年02月11日
松山中学校校歌制定(林古渓作歌作曲)、創立記念日を5月16日に定める
07年04月02日
松山中学校同窓会創設
09年12月24日
火災のため本館・講堂その他焼失
13年10月
復興落成式、創立50周年記念式典挙行(運動場拡張、明教館移築、50mプール竣工)
17年04月23日
火災のため本館その他焼失
20年07月26日
戦災のため校舎焼失
23年04月01日
学制改革により愛媛県立松山第一高等学校となる(通信教育部を設置)
23年10月01日
創立60周年式典挙行。講堂他竣工
24年09月01日
愛媛県立松山東高等学校と改称、愛媛県立松山商業高等学校と統合
25年04月01日
通学区制、男女共学実施
27年01月15日
愛媛県立松山商業高等学校分離独立
28年02月17日
松山東高等学校校歌制定
34年10月23日
創立80周年記念式典挙行(図書館、第1及び第2体育館など竣工)
40年12月20日
本館竣工
43年10月26日
創立90周年記念式典挙行
45年11月
同窓会誌「明教」創刊
48年08月31日
茶室「難思庵」竣工
53年10月07日
創立100周年記念式典挙行。「静動の百年そして今」の碑建立、特別教棟、
弓道場、テニス、バレーコート竣工
57年03月25日
第2教棟竣工
57年08月08日
同窓会創設50周年記念式典挙行
59年02月15日
格技場竣工
60年03月27日
第3教棟・図書館竣工
62年03月20日
東体育館竣工(緞帳披露)
63年10月30日
創立110周年記念式典挙行(史料館竣工)
平成元年03月31日
体育器具収納庫竣工
10年10月16日
創立120周年記念式典挙行(ウエイトトレーニング器具一式設置)
15年10月16日
創立125周年記念碑「がんばっていきましょい」除幕
17年06月
創立127周年を迎える(明治11年を創立年とする)

愛媛県立松山中学校 校歌(昭和6年2月11日制定)

林 古渓 作詞・作曲

二柱神 いとなましし 二名の島の
伊予のくに そびえて繁りぬ扶桑の大樹
清くけたかき 我等の心

吾がすめらぎみ詔り給ひし みことのまにまいかしたつ
根を張る枝はる 松山中学 治めつちかふ我等のつとめ

日の光てる 天のみなか 此の世にしかす
厚き幸 智仁勇気のしるしぞたかき
たてよその旗 我等の行手

愛媛県立松山東高等学校 校歌(昭和6年2月11日制定)

 (昭和5年卒)洲之内 徹 作詞
近衛 秀麿 作曲

眉きよらかに頬はあつく いのち また燃えたり
かかる日のかかる朝なり 青雲の思ひ 流れやまず
流れやまず 茜明けゆく 空のはたて

学舎の庭 春たけたり 千筋なす 青柳
風吹かば 掛けしたて琴 弦のひびき鳴りわたりぬ
鳴りわたりぬ いのち秘めにし 若き調

誇はたかく 夢はふかく われら ここに集ふ
ここにして 唇に歌あり ここにありて日は美はし
日は 美はし 光もとめて 生くる月日

もう校歌を忘れてしまったあなたへ

校歌演奏と楽譜です。昔を思い出しつつ、口ずさんでみるのもいいかもしれません。是非ご利用ください。

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